北吉田

キタヨシダ北吉田:明治11年郡区制定のさい、押水に吉田村があるので区別するため、北吉田に改めた。因幡の国からいっしょに能登へ来たオオナムチ命とサルタヒコ命は、オオナムチ(大国主)が一宮気多社に留まり、サルタヒコが、この地の櫂崎の岩に笠を敷いて鎮座されたことから、笠島神社となった。真宗大谷派浄蓮寺。

北吉田の小字(原本152頁)

●a北吉田古墳群 ●b北吉田フルワ遺跡(弥生)/1~5号墳 ●c北吉田ノノメ1~5号墳 ●d清水古墳群(円墳6基よりなる) ●e北吉田ゆ場遺跡 ●f北吉田米町川遺跡(弥生) ●g北吉田ホシナ遺跡(弥生~中世) ●h北吉田古銭出土遺跡(中世、埋納銭約5,400枚) ●i北吉田横穴 ●j北吉田ノシロタ遺跡(弥生~中世)