トクダ徳田:中世までは得田、戦国時代末から徳田の字が使われている。平安末期にこの地を開発して初代領主となったのが得田章通で、「鎌倉初期より15代にわたって地頭であった得田氏の館跡や城跡がある」(角川)。鎮守は矢田との境にある徳田神社。同社は、もと森山熊野社と称し、明治41年に徳田の白山社・春日社を合祀して徳田神社となった。真宗大谷派照明寺、敬徳寺。


徳田の小字(原本133、134、135頁)


●a得田城跡(中世) ●b得田氏館跡 ●c徳田1~25号墳(一部の古墳は七尾市にまたがる) ●d徳田サンアザ遺跡(古墳・中世) ●e徳田渕ヶ谷内B遺跡(縄文~中世) ●f徳田B遺跡(縄文~中世) ●g石田館跡(中世)


