福井

フクイ福井:旧福井村。福井の名は「噴く井」からとも、上賀茂社への年貢を集めていた福井顕長がいたからともいう。国道沿い福井ナカミチ遺跡からは、製塩土器や奈良時代の官人の装身具などが発掘された()。昭和31年に掘られた福井温泉を区民で利用している。福井八幡神社。真宗大谷派本立寺。

福井の小字(原本121頁)

●a福井1号墳(円墳、未発掘) ●b福井2号墳(同) ●c福井まんだらじA遺跡(縄文) ●d福井まんだらじB遺跡(中世) ●e 福井ナカミチ遺跡 平安時代前期を主体とする集落遺跡で、一部で縄文時代後・晩期、弥生時代後期後半及び奈良時代の遺構・遺物を確認した。平安時代前期の掘立柱建物群が規則的に配置され、墨書土器(「車」、「公主」、「寺家」、「東」等)、転用硯、灯明転用皿、稜鋺等の出土から、旧福野潟に面した寺院が関与し、祭祀を行った施設の一部と考えられる。また、調査区西端で土器製塩作業を行っており、製塩土器片が数多く出土した。https://sitereports.nabunken.go.jp/91012
●1福井八幡神社
●2稲荷社旧跡地(境内地)。八幡神社移転の前後に同社に合祀された。
●3八幡神社旧跡地。旧於古川をはさんで舘の春日神社に対面していたが、明治末年の河川改修で移転し、水底となる。対岸の春日神社は、<享和元年(1801年)の棟札では「正八幡宮 春日太神宮」だったのが、文政11年の書上げや、明治13年神社明細では、現在の「春日神社」になっている理由が不明です。>憶測すれば分社して今日の両社があるのかもしれません(『福井むら史序説』)。
●4かつて御門主神の祠があり、福井青年団の夜学校(福井集会所)がたてられていたが、2008年御門社は八幡社に合祀され、集会所は現在地に移転。夜学校跡の標石柱が立つ。
●5竹田清一紀功碑 明治35年建立。夜学校を創設した青年団が功績を誇示したもの。
●6北陸最古の板碑(正応4(1291)年銘大日板碑) 参照→「下甘田村のおもな板碑